臨床コラム タイパに思うこと

 最近の文化・社会の風潮として,タイパというのが少し前から言われていますね。タイパとはタイムパフォーマンスの略で,「時間消費の観点から全ての物事をいかに効率化するかを考えた行動志向や,かけた時間に対する満足度を意味する」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)ということらしいですが,つまりは,短い時間でより多くの成果と満足感を得ることなんだそうです。確かに最近はTikTokやショート動画など,より短い時間で要点が分かるものが人気のようですし,実際便利だなーと思います。

私自身も毎日の生活の中で,ちょっとした隙間時間に自分の好きなことをしたり,調べ物をしたり,買い物をしたり,勉強したりなどなどするためにスマホをよく使います。何でもすぐにできて手間がかからないというのは,一度その生活に慣れると手放せないものです。そんな風に,“ちょっとの時間で,すぐにできる”という物事にユーザーの関心が向かいやすいのが昨今の風潮かと思います。

 さて,ここでふと,私が生業にしている心理臨床のサービス,特に私が専門としている精神分析的なやり方というのは,なんて現代の風潮に逆行しているんだろうと思いました。精神分析的な理解を元にした心理療法(カウンセリング)というのは,通常かなり時間のかかる作業になることが多いです。数ヶ月から,何年もかかることもあります。タイパが重視される現代において驚くべき長さでしょう。

でも,心のことに取り組むには時間がかかります。特に,昨今心理的な援助を求める方々の中には,心の一部やそのあり方が十分に成熟していなかったり育っていなかったりすることで困難を抱えている方が多くおられます。そういった場合の治療とは,それまで正常だったのが何かのきっかけで一時的に不調になったのでそれを元に戻すというものではなく,変化したり,育つのを待つということが必要になってくることが多くあります。そうなると,短時間でちゃちゃっとというわけにはいかないわけです。

人間は長い時間をかけて大人になっていきます。子どもが大人になっていくには,身体的な成長もですが,心の成長も同じように何年もかかるものです。身体の成長は目に見えるものなので,成長の程度が分かるのですが,心は目に見えません。それに,心は多面的でもあります。ある部分は過剰に大人びているものの,ある部分は未熟だったりというのもしばしばあることです。たとえば,本当は甘えたり保護されたい子どもの部分が強いにも関わらず,一見とても適応的で過剰に周囲に合わせていたりすることがあります。そうすると,ますます心の状態が一見しただけでは分からなくなります。私たちがしている仕事はそういった多面的な心をとらえて,患者さんとともに考えていくというものです。

人の心というのは,デジタルなものではなくてアナログな自然なものです。本来自然というのは,効率的に短時間で成果を得るというのとは異なったあり方です。そう考えると,心の変化や成長というものはタイパの良いものであるはずがないと思います。最近,精神分析的なカウンセリングを行っている他のいくつかのカウンセリングルームの人たちと話す機会があったのですが,どこもかなり盛況とのことでした。もしかすると,タイパがもてはやされるこのような時代だからこそ,じっくりと心をみつめていくような時間が求められているのかもしれません。みなさんも,日々忙しいかもしれませんが,時にはスマホを置いて,何もせずにぼーっとしてみるのもいかがでしょうか。一見無駄に思えるような時間が,心を自然にもどして,心の生活を豊かにしてくれることもあるかもしれません。

(文責:檜山 笑)

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